嗚呼、懐かしの急行「天北」
今日も現実逃避モード…
昔、鉄道で北海道の札幌・旭川から稚内へ行く時、途中の音威子府(おといねっぷ)から2つルートが分かれていて、東側を走るのが天北(てんぽく)線、西側を走るのが宗谷本線であった。
その天北線は平成元年(1989年)廃止になった。
私は2回乗ったことがある。
ここに載せるのは、札幌・稚内間を天北線経由で走っていた急行「天北」の映像である。
14系客車編成の時代である。
上下2列車のうち一方は、夜行急行「利尻」の昼間の運用であり、寝台車両を座席車として使っていた珍しい列車であった。
今から見ると、廃止となるローカル線にこんな重厚な編成の列車が走っていたとは、驚きである。
腕木式信号機。
敏音知(ぴんねしり)駅での、通過しながらのタブレット授受。
廃止されてから20年以上経つんですね。
昔、鉄道で北海道の札幌・旭川から稚内へ行く時、途中の音威子府(おといねっぷ)から2つルートが分かれていて、東側を走るのが天北(てんぽく)線、西側を走るのが宗谷本線であった。
その天北線は平成元年(1989年)廃止になった。
私は2回乗ったことがある。
ここに載せるのは、札幌・稚内間を天北線経由で走っていた急行「天北」の映像である。
14系客車編成の時代である。
上下2列車のうち一方は、夜行急行「利尻」の昼間の運用であり、寝台車両を座席車として使っていた珍しい列車であった。
今から見ると、廃止となるローカル線にこんな重厚な編成の列車が走っていたとは、驚きである。
腕木式信号機。
敏音知(ぴんねしり)駅での、通過しながらのタブレット授受。
廃止されてから20年以上経つんですね。
2010-11-03 00:55
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コメント(4)
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最近は客車列車そのものがだいぶ減りましたね。これも時代の波というやつなのでしょうか…
by 凍え馬 (2010-11-03 09:52)
コメントありがとうございます。
私が高校生の時、福井県に住んでいたのですが、北陸本線の鈍行は旧型客車でしたからねえ…
走行中も扉開けっ放し。
デッキにしゃがみこんでいる高校生の姿が、線路沿いから丸見えでした。
今なら考えられない話です。
by 聖Judyのほうき星 (2010-11-03 23:38)
それにしても、夜行列車の数の激減、特に九州方面への列車の全滅は残念です。そこまで時代は速さを求めているのですかね…
「時代の波」とはいえど、実はまだ僕は成人してないのです…
by 凍え馬 (2010-11-04 00:23)
コメントありがとうございます。
九州夜行は、まだ食堂車があった頃の「はやぶさ」の「ソロ」(B寝台1人用個室)に乗ったことがあります。あれは楽しかった…
9月に熊本の母の家まで行ったのですが、寝台特急はないし、飛行機で飛ぶのも芸がない(?)し…どう行こうか迷いました。
せめてもと思い、新幹線を東京から博多まで乗り通しましたけど。
by 聖Judyのほうき星 (2010-11-06 01:13)